<お久しぶりです>
Pieria 2006年02月01日(水)21:10
 
奥沢のPieriaです。いかがお過ごしでしょうか?と思ってのぞいてみました。相変わらず勉強熱心、すごい読書量、敬服いたします。

さて、私も拙いブログ始めましたので(内容はか〜な〜りしょうもないです^^;)よろしければHPからお越しください。気流堂さんのブログもブックマークさせていただいてよろしいでしょうか?ではでは。

<ブログはじめました。>
長岡@気流堂 2006年01月30日(月)07:25
 
 今までこの掲示板に書いていたような内容を、これからはブログにで展開することにまりました。
 毎日更新しますので、お暇な時にお読みになって、お気軽に感想などトラックバックしてくださいね。
 ブログのタイトルは「女針師のつぶやきーこころとからだの声に耳を澄ませて」です。
アドレスはhttp://blog.livedoor.jp/miki00011/です。

<子供の時間感覚>
長岡@気流堂 2006年01月29日(日)06:48
 
 独身の私ですが、最近身近に子供に接した体験からふと感じたことなど。
 時間の長さの感覚というのは、過ごした時間の密度によって変化するものであるため、年齢によってその感じ方はかなり違ったものになるのだなあと、子供の様子から感じます。
 その密度を決定するのは、時間が自分自身だけのものか、他者との関係をも含んだものであるかだと思います。
 成長の過程で、その子の世界が、自己中心的で、他者との関係が確立されてない子供、または、大人でも何かに夢中になっていたりして、自分だけの世界になって他者が喪失している状態においては、時間の意識は消えてしまいます。
 しかし、世界が、自分以外の他者と構成されていて、コミュニケーションを計るために、絶対的な統一された時間感覚が必要だということが意識の中に植付けらえてくると、時間は自分だけのものから、誰かと共有するものへと変化していきます。
 子供時代というのは、時間を自分だけのものと出来る万能感を味わえ、そして、それが許されるかけがえのない時だと思います。
 子供時代、いつも母から「早く!」とせかされていて、大人になって、そのせいで身についたせっかちな性格をコンプレックスに思う私です。同じ大人として、母のその感覚はしょうがないといまでは納得していますし、それは子育てをしていない私の無理解ゆえだと思うのですが、もう少し、子供の時間感覚を理解し、それを思う存分味あわせてもらいたかったという,無いものねだりの気持ちもあります。
 子供の頃日が暮れるまで遊び呆けた永遠に続く時間感覚、テレビの歌謡曲の歌い終わるまでなんと長く感じたか、母が近所のおばさんと立ち話をしている間待たされた長い時間・・・。
 脳は、新しい刺激を受けると強く刺激を受けるため、時間が年齢とともに、光陰矢のごとしに変化していくのは、体験に酔って,年齢とともに新しい刺激がだんだんすく苦なっていくためだとか。
 でも、いつまでも子供の時間感覚のままでいると、集団で行動するとが難しく、社会の一員になることが出来なくなります。時間というものは、自分のためだけに使うことも快感であるけれども、誰かと一緒に楽しく過ごすことも素敵であることを、子供の教育の中で教えて行きたいものですね。

<信念と時流>
長岡@気流堂 2006年01月28日(土)07:21
 
 さらに、岡崎氏の「・・・の時代」より。今読んでいるのは、昭和10年代日本が戦争に突入していく過程の政治検証。
 時流に乗るということと、その人の信念の関係についての氏の考え。
 「時流に乗りまわりの人のいっているのと同じようなことをいう人の場合、その人の信念の有無とは関係なく、信念なるものは不要だということである。」
「さらに先を言えば、真に信念のある人ならば、もし時流が自分が年来考えていたことと同じようになってきたならば、もう何もいうことはないはずである。先憂後導という言葉どおり、ここから先国がどうなってしなうかを憂うるべきであり、皆と一緒になって発現する必要はないからである。」
 当時の外相松岡洋佑氏について述べたものであるけれども、私には、昨今のライブドア堀江氏や、以前の鈴木宗男、辻本清美氏らに対する持ち上げ落とすやり方が、まさにそれであるように感じました。
 当時、欧米各国から経済封鎖され、世界恐慌の影響で日本経済が困窮していた時、大衆は軍による大陸進出を進めることを希求し、強烈なリーダーシップを求めました。
 それは、まさに当時の時流というものですが、それがどのような結果を引き起こすか、大局を見極めて、その時点で何をすべきかという見解を持つこは出来ませんでした。その原因は、「信念」の欠如だと氏はいうのです。個人と国がどうなるべきかとの強い信念です。
 信念はおうおうにして、時流に逆らうことがあります。その時でも信念を貫けるかは冷静な状況判断と自分自身の身体感覚に対する絶対的な自信だと思うのです。
 マスコミに従事している人は、こういっては言けないのでしょうが、その身体感覚が、あまりにも敏感に働きすぎて、人々の欲望を過敏に感じる傾向が強い人が多いのではないでしょうか?悪く言えば、人の顔をうかがいながら物事を進めていく。日和見的な。
 それは、職業的な感覚として必要なことだと思うのです。また、現在の過剰な情報の渦の中で次から次へと押し寄せる情報の波に乗っていかなければ仕事にならないのだと思います。それは信念というものがもちにくい体制でもありましょう。
 しかし、マスコミの与える影響というものを、もっと真剣に冷静に判断し、自分たちの作り出す情報が、時流の波をいたずらに盛り上げていないか、そしてその波がどのような影響を及ぼすのかに対して、責任を負うような、それこそマスコミ人としての「信念」を求めたいと、昨今のマスコミの傾向にほとほと嫌気がさしてしまっている私はそう思います。

<デモクラシーに耐える>
長岡@気流堂 2006年01月27日(金)07:24
 
 引き続き、岡崎氏の「・・時代」シリーズを読んで。
 氏は、ある学者の言葉「人々は、デモクラシー(民主主義)は最悪の政治である。そのうんざりするようなことに失望してはならない」をを引用して、民主主義の成熟には時間がかかることを説きます。
 明治から富国強兵を進めて列強の帝国主義の仲間入りを果たそうとしてきた日本は、一方、薩長藩閥とは別に、自由民権運動や、藩閥政治に反対する人々の間で、議会政治の設立に向けて、民主主義運動が高まってきていました。後進の国としては異例の速さで、議会政治がひらかれ、政党政治も始められていました。
 日清・日露戦争に勝利して、富国強兵への国民の意欲が高まってきていた時、ヨーロッパでは第一次世界大戦によって、戦争で疲弊し、東洋の日本に目を向ける余裕がなくなり、日本は日英同盟によって、連合国の一員として、極東の要としての地位を占めるようになってきました。
 このような雰囲気の中で、大正デモクラシーの自由な空気が国全体を覆い、政治では、多くの政党が乱立してデモクラシー政治が行われ始めました。
 けれども、デモクラシー政治は、どの国でもそうですが、最大多数の意見が全体の意見として代表されるということから、決定までの手続きが面倒で、また、ともすれば、扇動されやすく、まとまりがなく、些細なことでもめて、一向に進められない事態に陥ります。 
 それは、デモクラシーの産みの苦しみともいうものです。
 そのような過程を繰り返し、人々の中に、自分自身の欲求を、社会全体の幸せの実現に結び付けて、理性的にそれを制御していくというデモクラシーの意識が定着していくのに、時間がかかります。
 明治になって、初めて開国して慌てて富国強兵をし、欧米に追いつき追い越せであった当時の人々は、そのような悠長な政治的成熟を待つだけの精神的な余裕も、民主主意に対する信頼もまだ充分でなかったように思います。
 その心の隙に軍が入り込んできた。と岡崎氏は言います。
 確かに、金権、賄賂、自分自身の利益のことばかりの政党の政治家に比べて、精錬潔白で、禁欲的、規律のとれた軍は、人々の希望をかなえてくれるように思えたのであろうと思います。それが、軍部が力を持ち、やがて、その独走をどうすることも出来なくなり、戦争へと突き進んでいったという結果がもたらされたのであろうと。
 せっかく愛国心に燃えて、日本の国を豊かな国力を持った国にしようと勤勉刻苦してきた日本の国民が、自らの手で、滅亡へと導いていったこの失敗の苦い経験を、充分反省することが、同じことを繰り返さないために、歴史を学ぶ目的だと思います。
 それを考えると、現在の政治に対する国民の不信は、危険な兆候のように思えてきます。

<愛国心とは?>
長岡@気流堂 2006年01月26日(木)07:15
 
 元外交官の岡崎久彦著「・・・(明治/大正・昭和の政治家)とその時代」シリーズを読んでいます。今、小村寿太郎と陸奥宗光を読み終えたところです。
 氏の視点は一貫して、欧米各国の帝国主義列強がしのぎを削る中、新興国家としての日本がいかにして植民地になることもなく、国家として成長していったかを、当時に生きた人々の視点で考えようとするものです。
 氏の考えは、戦後民主主義教育を受けた私にとって、かなり「右翼?」的な感じがします。 明治・大正・昭和の激動期を生きた政治家たちすべては、薩長閥であろうと、自由民権主義者であろうと、軍人であろうと、日本という国を愛し、憂う気持ちが思想・行動の根底にあるということです。
 その結果として、アジア諸国を侵略することになったけれども、それは日本がそうしなければ、欧米各国が早晩そうしたであろうし、帝国主義のパワーポリティックスの上で当然の既決であり、そのことを持って、我々の先祖を非難否定することはおかしい、と主張します。
 第2次世界大戦で敗戦に導き、占領させたといえ、戦後目覚しい産業/経済の発達の基礎には、明治以来国民の勤勉・刻苦の精神を高い教育・文化によって培ってきたおかげであることを忘れてはいけないと。
 岡崎氏は、国を愛する気持ちは、親が子を子が親を、家族。友人・近隣の人に向ける愛情の延長としてあるといいます。
 確かに、氏が描く明治の政治家たちは、現代を生きる私たちが、何か漠然として遠いものとして答えがちな国家を、自分自身に直結し、自身の生きる目的が国家の繁栄と安泰であり、そうすることが、国民の幸せにつながるという信念で生きています。
 しかし、そのような明治の生き方を理想とするという考えが、昨今、それを現代に強制的にあてはめようとする風潮と短絡的に結びつく傾向(氏はそうではないけれども)あるように思います。
 氏も言っているように、自分の周りの身近な人々引退する愛情がしっかりと基礎にあってこそ生まれるものだと思うのです。
 家族愛情が希薄になり、地域共同体が崩れて、金至上主義的な社会で、昨今、東京都知事の君が代強制などによって、愛国心を強制することは、本末転倒ではないかと思います。
 写真家の藤原信也氏も、世界各国を旅して実際に体感したことから、愛国心の強い国は、間違いなく、家族や親類縁者、近隣の絆が強いととを指摘しています。「つまり愛国心とはとりとめのない抽象思考から生まれるものではなく、親が子を愛し、子が親を愛し、兄弟が兄弟を愛し、隣人が隣人を愛すというきわめて身近な愛情の相互補完の中で芽吹くもの、その最小の基本単位が脆弱化している国の国民が愛国心が強いことはありあえない」と言っています。
 愛国心を強制する人はだからこそ、教育しなければの論理になると思うのですが、イデオロギーの強制による国民支配は、共産主義国家の崩壊が歴史的にその失敗を示していると思います。

<継続する時間が鍛錬。>
長岡@気流堂 2006年01月25日(水)06:51
 
 先日に引き続き、帯津氏と鎌田氏の対談から。
 鎌田氏(残念ながら2001年に故人となりました。合掌)は、長年に渡って毎日欠かさず合気道の道場に通い、訓練を続ける中での気づきを語ります。それは、毎日の訓練している時間だけが,鍛錬だけでない。
 その他の時間も,訓練後の身体の気持ち良さ、次の訓練に出るために、前の晩、早寝早起き暴飲暴食を慎むなど、生活全体が、訓練の時間のために、調整されるため、そうでない時間も訓練の一部のようになる効果があるといいます。
 だから、訓練をしている時間を長くすることよりも、例え短時間でも集中して訓練し、とにかく、毎日欠かさず続けることが、鍛錬であるというのです。
 昔から武道においては、3年10年はまだまだで、30年続けるとやっと技が出来るようになると言われています。
 現代のIT時代の時間のスピード感覚からは、気の遠くなるような時間感覚ですが、からだを場のポテンシャルの集合と考え、そのポテンシャルがじわじわと体全体にいきわたり、ある時急に別の様相に変わるまでに、時間の作用が必要なのだと思います。
 私も前の晩がどんなに遅くても、朝4時半起床して、ウォーキング10キロ、ヨガ、スクワットと,我流ながら日課としています。これは、自分に対して、訓練を課しているというよりも、始めは興味から続けていて、だんだん歯磨きのような習慣になって、それをしないと一日何だか気持ちが落ち着かないようになって、とにかくそれをやった後は爽快感が味わえるのでそうしています。
 単なる気持ちのよさでやっていて,目的はないのですが、風邪は全く引かないし、体調や精神の波もからだを動かすことによって自覚的になり、またそれを調節することも出来るようになったような気がします。
 その人の評価として「良き習慣を持っている」という見方があります。その人の行いで素敵だなあ、そうありたいなあと感じることの内容は、その人の身についた振る舞いにあります。つまり、その人が生育する過程において身に付けた「良き習慣」にあると思うのです。
 だから、自分自身に、自分に見合った良き習慣を訓練していくことが、人生の鍛錬になるのだと思います。
 使いうちにブログを開始します。
 この掲示板の内容も、ブログで公開したほうがあっているように思いますので、開始以降ブログで開示していくことになると思います。お読みの方は、気軽にトラックバックしてくださいね。

<治しと癒し>
長岡@気流堂 2006年01月24日(火)07:39
 
  東洋医学的治療を積極的に取り入れ末期がん治療をされている帯津病院院長、帯津良一氏と、仏教学者鎌田茂雄氏の対談「気と呼吸法」「気の鍛錬」を読みました、両氏とも長年それぞれ、気功、合気道の鍛錬に努め、気という見地から、実践に基づく身心相関について深く語り合っていて、スピリットあふれるものでした。
 帯津氏は、長年の末期がん治療の体験から、西洋医学は臓器が壊れたので修繕するおちう外科的「治し」の医学で、東洋医学を始めとして代替医療はいのちのレベルを回復する「癒し」の医学であるといいます。「痛みでも病気でも従来の臓器のレベルではなくて、精神と肉体を別ける人間のレベルでとらえていきますと、そこに両者を包み込んでいる場、いのちの場というものが視野に入ってきます。私の身体の中にある場ノポテンシャルエネルギーが私のいのちであって、そのいのちのアルレベルを普通は維持しているのだと思うのです。そのいのちのレベルが低下してきたときに、これを回復させようとする自らの力を「自然治癒力」と言っていいのではないか」と、氏の提唱している「場」の医学について述べています。
 エントロピーの考えからも、からだは様々な循環系でつながった包括的な袋のようなものとしてとらえることが出来、だからその袋状のものを場と考えること、その場は様々な粒上のポテンシャルエネルギーの集まったものであって、気といわれる力が潜在している空間であると考えられるのではないかと思います。
 だから、からだの中の気を高めるように持っていくことが、癒しであって、それは昔から医療がしてきたことではないかと思います。
 西洋医学は、近年急速に発達した自然科学を理論ベースとして、目覚しい進歩を遂げ、分析、実験により、人体を分子で構成されている物としてとらえてきました。
 それがうまく作動しなくなった時に、手術などで修理したり、化学的に合成された薬を投与して成分変化を試みたり、放射線などの化学物質をあてて臓器を焼いたりと、部分的な修理を試みて、全体の循環が見えにくくなっている。
 しかし、結局病というのは、そのからだの主体である本人から切り離されたものではなく、精神も含めたすべてものものに関係していると思うのです。
 だから、時間がかかってもからだの場の気を高めていくような治癒方法の方が、本来的な回復に結びつくような気がします。 
 西洋医学で手術を受けて、例え癌などを除去できても、それ以降の生活の中で、病を癒していく試みがなければ、病気は再発してしまうのではないか?
 心・食・気,帯津氏ががん患者の治療の最初に患者に求める心がけは、この意味でからだのポテンシャルを高める治癒に結びつくと思います。

<魚つき林>
長岡@気流堂 2006年01月23日(月)07:41
 
  昨日に引き続き、槌田敦氏と構造主義生物学者の柴田篤弘氏の対談を読んでの感想です。
 それぞれ、物理学者と生物学者の立場から、環境保全維持いんは、地球上全体の生物・生産が循環型であることが一番大切なことであることを説きます。
 その中で、槌田氏は、エントロピーが大から小へ、山の樹から海へと受け渡される循環の過程で、そのいどうにの最終的な場所である海に至った最終物質を、始めの山へ戻す役割をしているのは、渡り鳥たちであるということを説きます。
 特に、冬に南下する北方に住む渡り鳥たちは、夏、北方の地で、生育繁殖します。寒くて冬は永久凍土に覆われる北の地方は、本来ならば、土地ふが痩せ森林は育たないはずなのですが、豊かな自然に覆われています。それは、海底に蓄えられた植物生物の死骸などによって造られた無機質を食べた栄養豊かな魚を、渡り鳥が食べ、夏,北方に戻った時に、糞をして、その栄養が木々を肥えさせるということを、実際の鳥の数とその出す糞の量、植物の必要な栄養の量とから推測します。
 このように、すべての生物が地球上のエントロピーの受け渡しの中で重要な役割を担っているのだと感心しました。
 その中で、東北三陸地方には「魚つき林」という言葉があることが紹介されていました。それは、海の魚の豊かさはその上流にある林の豊かさに負っているという意味です。だから、山から川い溶け込んで流れ込んでくる栄養豊かな物質が魚を富ませているということを、昔の人はよくわかっていた。だから、魚を育てるために、山に樹を植える。
 何でも短絡的にすぐに結果が出ることのみに投資をする現代の感覚とは違って、昔の人は自然の悠久の時間間隔で循環社会に生きている自覚が息づいていたのだなあと改めて感じました。

<エントロピーとエコロジー>
長岡@気流堂 2006年01月22日(日)07:15
 
 資源物理学者槌田敦氏の「エントロピーとエコロジー」を読みました。
 氏は、エントロピーの観点から、エコロジー運動の必要性と方向性・問題点を指摘します。
 原発がどうしていけないのか?石油を採掘して様々な動力エネルギーを生み出し、製品を作り出すことがどうして地球にとっていけないことなのかを説明します。
 エントロピーとは、氏によると「汚れ」、一般的には「乱雑さ」などと呼ばれているもので、地球上のすべてのものは、熱力学第2法則「エントロピーは増大する」原理に支配されています。そのままにしておくと、エントロピーは増大していくため、すべてものもは崩壊してしまいます。地球上のすべてのものは、増大するエントロピーを吐き出し他のもの移しながら、自身は崩壊していきます。その受け渡しが循環となって、地球上すべてのものが結びついて様々な営みが行われているのです。
原発がいけないのは、使用済みの核燃料の放射性物質が消去されるまでに1000年単位の時間を必要とし、公害で生み出される様々な不燃性の物質は、土に返ることなくいつまでも崩壊しないでいるからです。
 それらのものは、高エントロピーを抱え持ったまま、それを他に受け渡すことがないため、地球上の循環を疎外し、バランスを崩す原因となるのです。 
 我々人間の活動を含む地球上のすべての営みが、エントロピーの受け渡しによる無数の循環の結びつきの,微妙なバランスによって成り立っているといるということを、常に意識しながら生活していくことは、後に生まれてくる人たちのために私たち自身が与えらえてきたこの環境を無償のまま受け渡すという義務のためにも、必要なことだと思うのです。
 

<風邪の予防と大根>
長岡@気流堂 2006年01月21日(土)07:33
 
 今朝は、窓を開けると雪化粧。東京で、この冬初めての積雪です。やはり大寒ですね。センターを受ける受験生は、交通機関の遅れが予想されて大変ですね。
 東洋医学は、その理念・思想のベースを、中国哲学においています。長い年月の間に、経験主義・実証主義的に構築してきた中国医学の体系を整えていく際に、陰陽・五行理論が取り込まれていったのであろうと思います。
 それは、現代の実験/立証による自然科学のやり方とは異なります。陰陽・五行理論も、当時の中国の人の自然自然観察の結果生まれた思想だと思うのですが、自然科学と根本的に違うのは、客観の対象と、主観である人自身の精神も同じものとして扱っているところです。
 今日は、冬の寒い季節について、東洋医学的な捉え方を、五行論を用いて説明してみたいと思います。
 五行論は、世界のすべての物質を五つの要素に分類・整理してとらえる考え方です。そしえ、その五つは相成・相克関係にあって、お互いに関係しあって、そのエネルギーが世界を動かしていると考えます。
 五つの要素は、それぞれ木・火・土・金・水の性質を持つとされます。
 からだの臓器も肝・心・脾・肺・腎とそれぞれに対応します。色も、青・赤・黄・白・黒と対応します。
 例えば、大根を取り上げてみましょう。大根はからだのどの部分に効くのかなと考えた時に、大根は白いですね。白→肺に効くのではないかと思うのです。実際、大根に含まれるジアスターゼは、粘膜を保護する作用があり、肺を湿潤し、風邪の予防になると考えられています。
 なんだか、こじつけで、何とでも考えれるように思いますが、食べ物がもっている色と、からだの臓器の五行分類からこのように類推できます。
 また、実際,穀類・肉類なおでゃ、五行に分類されていて、これを食べるとこの臓器にい効くと考えられているものがあります。
 どうして、それが木なのか、火なのか、根拠がわからないものもありますが、長い年月のあいだに実証された結果としてそれが残っていると考えてみると、役に立つと思います。

<大寒>
長岡@気流堂 2006年01月20日(金)08:03
 
 1月20日の今日は大寒で、暦の上では1年で一番寒さが厳しい時期です。といっても、今年は厳冬で、すでに寒い日が続いていますが。
 そして、大寒が過ぎると、節分・立春です。
 今のように暖房設備が整っていなく、家も隙間風が吹き込み、寒さの厳しさを体感していたであろう昔の人たちは、暦の上でも、節目をつけ、暖かい春の訪れを心に刻み付けていたのでしょうか?
 中国哲学では、陰陽論が基本となる原則です。陰が極まって陽となし、その逆も。つまり、寒さの陰の極まる大寒は、暖かさの陽の始まりでもあるということです。
 だから、立春とは、一番の寒いときを、暖かさの出発点としているのだと思います。「暦の上で春ですが。」ではなく、今から春に向かう方向転換の始まるゼロの位置を指しているのです。
 立春を過ぎても寒さは続くと、思われますが、しかし、それは徐々に春に向かいつつある上向きの寒さであるととらえられると思います。 

<情報蒐集と分析力>
長岡@気流堂 2006年01月19日(木)07:14
 
 元外交官で、タイ・サウジアラビア大使などを歴任された、岡崎久彦氏の「戦略的思考」を読み、外交というものは、いかに情報を蒐集し、分析し、そして決断する営みであるのかということを知りました。
 氏は「国際政治と碁や将棋と違って、マージャンのように相手の手が見えないゲームです。ー孫子のいう「彼を知りこれを知れば百戦殆うからず(あやうからず)」というのはまざにこのことでしょう」さらに、「分析とは個々の情報が綜合的な情勢判断の中に占める位置を決定し、その意義を捉える作業であり、現代の情報社会における情報の洪水の中にあって、さらに重要な情報を選別する仕事です。」と情報の蒐集分析について述べています。
 アメリカの政策では、情報分析に9割を割き,最期の1割でその分析が政策に及ぼす意味合いを論じるやり方をとっているようです。
 つまり、正しく精密な情報が蒐集出来て分析できた段階で、もうおのずと取る道が決まっているということで、それほど、情報蒐集分析は重要なことなのです。
 氏は、情報の蒐集分析に関して3つの原則を上げます。
原則1.希望的な観測の排除
 これは情報に対して、真に客観的な立場をとることで、私もそうしがちですが、日本人は特にこれが苦手なように思います。氏はそれは日本に古来からあるアニミズム信仰の影響と単一民の民族である集団的な性格ではないかと言います。つまり、悪い予想を立てると、それが実際に現実の事態に影響を及ぼすということと、人の考えに影響・同調されやすいということです。
原則2.専門家の意見の尊重
これは、情報の質と、分析の早さを高める作用があると思います。
原則3.一寸先は闇
「情勢判断ではいかに長くとも半年経ったら同じものを使わない方が安全です。同じものをつかうとつい部分的な修正ですませてしまう恐れがあるから」と言います。人間は習慣的な生き物であるので、ついそうしがちですが、情報に関してはそれは害になるということです。
原則4.歴史的なビジョン

 このように、外交の情報蒐集分析についての原則を上げていますが、これは国際外交だけでなく、日常における人と人のコミュニケーションも広義の外交ととらえれば、通用する概念だと思います。
 欧米アングロサクソン系がこのような情報戦略を発達させたのは、ヨーロッパの歴史というのは、16世紀からずっと戦国時代が続いているようなものだ。ちょうど中国の春秋戦国時代みたいなので、一分一秒でも情報を聞かないでいると、国が滅びル可能性がある。各個人にとっては、生活を脅かされるおそれに日々直面している、そのような厳しい中で4世紀ぐらい過ごしている、そのような歴史的な背景があることを、氏は指摘します。
 インターネットの普及などによって、情報は寸時に国境を越え、グローバル化がどんどん加速していく中、日本人も情報に対する意識を変化していかないと、国際社会に取り残されてしまう恐れがあるように思います。
 それは、日々の暮らしの中のコミュニケーションスキルを鍛えることが要求されます。そのためには、自他の区別を前提として、自分と違う他者を想像する力を養うことが必要とされるでしょう。

<ネゲントロピー(負のエントロピー)>
長岡@気流堂 2006年01月18日(水)07:21
 
 岡崎久彦氏の「何故気功は効くのか?」の中で、東洋医学的などの代替医療を、末期がん治療に積極的に取り入れている、帯津病院長、帯津良一氏の言葉で、「ネエントロピー(負のエントロピー)」ということを語られていました。
 エントロピーとは、熱力学で使われている概念で、地球上のすべての物質はエントロピが増大するという基本定義があります。エントロピーとは、わかりやすくいうと、「乱雑さ」。地球上のすべての物質はそのままにしておくと、次第次第に無秩序になる方向に向かっていくというものです。
 部屋を掃除しないでいると、次第にゴミ・ほこりが溜まっていくわ、モノが散らかるわ、もっと時間が経つと、部屋そのものが長い年月で朽ち果てて崩壊してしまう。
 それは無生物だけでなく、生物についてもあてはまります。しかしながら、生き物が無生物と決定的に違うのは、「生命があるかぎり」生物体内でエントロピーは減少するような流れがかたちづくらえているということです。死とは、そのようなエントロピーの流れにさからうことがもはや不可能になったということで,死の瞬間から生命体の崩壊が始まります。
 そのような負のエントロピーを、ネゲントロピーと名づけています。
 ネゲントロピー作用とは、エントロピーをからだの外へ排泄することです。それは物か熱にくっつけて排泄する。物か熱なので、大小便、汗,吐息、涙などにくっつけて排泄する。こういう排泄を止めないのが、エントロピーを増大させない健康法です。中国医学は、だいたいが排泄の医学です。漢方薬でもみんな利尿剤が配合されていますし、「捨」の治療です。
 だから、病気になるということは,身体が細菌やウィルスなどの異物を、自分自身の熱や代謝作用によって、排泄しようとしている葛藤の苦しみだと思うのです。その症状を薬などで初期にとめてしまうことは、結局からだのエントロピーを増大することにつながり、崩壊へ導いてしまうのだと思うのです。 
 癌細胞こそは、究極のエントロピー増大の現象で、身体の中で異物であるがん細胞が、身体の秩序ある制御を超えて、増大し、健康な細胞/組織を破壊してしまい、死にいたらしめる病です。
 食べ物・薬・サプリメントなど、身体に取り入れるものに対しては、関心が高いのですが、それ以上に「出すこと」排泄が滞りなく行われるようにからだの調子を整えていくことが、健康の秘訣だと思うのです。

<何故気功は効くのか?>
長岡@気流堂 2006年01月17日(火)07:22
 
 タイ大使などを歴任した元外交官岡崎久彦氏の「何故気功は効くのか?」を読みました。
 氏は、生来、扁桃腺が弱くて、無理するとすぐに扁桃腺が腫れて扁桃腺炎にかかり、昂じると気管支炎から肺炎まで至ることを、毎年何度も繰り返していたそうです。
 そこで、70歳を過ぎて、虚弱体質改善のために、気功を始めたそうです。
 職業の特権を活用して、仕事で中国各地を視察する際に、その地の最高の気功の師匠に教示する機会を得ました。そして、日本でも週2回ほど毎回1時間半みっちり気功の訓練をしました。
 それ以外の生活においては、それまでの激務、付き合いは全く変えずに、気功の効果だけで、体質がどのように変化するか試されたようでした。
 その結果、毎年何度も風邪を引いて、そのたびに扁桃腺炎を引き起こしていたのが,初めて4年目に一度も医者にかからないで済むまでになりました。
 ただし、全く風邪を引かないということではなく、例えひいたとしても、鼻の症状にまで留めていられるようになり、それ以上の症状に進むことはなく、1〜2日で症状がなくなるということは、何度も繰り返していたようです。
 氏によると、気功の基本は、「小周天」つまり、内気功と言われるものです。
 中国東洋医学の経絡では、頭の天辺にある百会というツボから肛門にある会陰というツボまで、からだの前面が任脈、背面が督脈というまっすぐな経絡が通っているとしていますが、二つの経絡は、目と目の間が上丹田、胸と胸の間が中丹田、臍の下10センチが下丹田といって、そこで結ばれていて、そこが気の出入りのセンターとなっています。
 小周天とは、鼻もしくは口から吸い込んだ息(気)を、百会から、会陰へ経絡上にぐるぐると気を回すことです。その際に上・中・下の丹田が熱くなってきたら、気がめぐってきたという印だそうです。
 それをひたすら繰り返すだけですが、大事なことは、身体が緩んでいないと、気はめぐらないということです。
 ゆったりと緩んだ身体で、気を巡らす。これが気功の基本であり、すべてといってもいいそうです。
 そして,氏は風邪予防として、自分の唾液を小周天の際、ためて扁桃腺を乾燥させないように意識するようになりました。寝ている時や人ごみでも意識的にそうするようになると、唾液の味が変わってきて、気によって、イオン化傾向が変わって、粘膜にウィルスなどがつきにくくなったのが,風邪を引来にくくなった原因ではないかと、考察しています。
 気功というと、それを現代の科学では中々証明できにくいため、いんちき、催眠術、などと考えられたり、新興宗教の勧誘に利用されたり、胡散臭いものとして考えられることもあります。
 しかし、氏は、実際に気功の実践において、科学では考えられない体験をし、健康な身体を手に入れたことにより、気功の科学的な仮説をいろいろ立てておられます。
 気功実践において大切なことは、とにかく長く続けるということだそうです。 
 それは,身体の中が、気がめぐるようになって、活性が高まるためには時間が必要で、しかしながら、その効力は真剣にやればやるほど高まっていくのだと思うのです。
 

<明治女の生き方ー沢村貞子>
長岡@気流堂 2006年01月14日(土)07:30
 
 ここ数日、沢村貞子の随筆を数冊読んでいます。
 彼女の生き方ー生活実践を基本に置いて、身の丈に合わせて、自分自身の能力の限り精一杯生きていく、、、明治生まれの下町女の潔い生き方に感嘆しました。
 それは、同じ明治生まれの宇野千代の生き方、対象生まれの辰巳芳子の生き方にも共通する価値観の基盤というものが感じられます。
 彼女たちの生き方は、女性が自由に生きることが空気のように当たり前のようになっている現代の基準からすれば、いささか戸惑うぐらい旧態依然としたところがあります。
 特に男性との関係において。彼女たちは、その家族の両親の関係、しつけ、教育において、男性を立てて大事にするということが染み込んでいて、そのことに喜びを見出すということです。 
 ウーマンリブの洗礼を受けた現代女性からみれば、それは「目覚めていないからだ」「男に媚びた生き方」となるかも知れません。そのような生き方に対する批判よりも,むしろ,男性の側の、女性に立てられることで自我を保つという弱さと甘えの方が批判の対象となるかも知れません。
 しかしながら、彼女たちの生き方は、女性の自立などと声高に叫ぶことなく、当たり前のように、外では男性顔負けに激務で働き、家に置いては、家事一般楽しみを見出しなあら、一切手をぬくことなくこなして、それでいて、それをごく当たり前のようにしている実践の強さがあります。
 なによりも、私が感心するのは、彼女たちがいっさい愚痴らないことです。
 自分に課されたものを、損得勘定で処理せず、それをいかに楽しく乗り切るかに興味関心を集中していく様。まさに地に足がついた生活感覚で生きていると思うのです。
 その上で、彼女たちは、有り余る才能を開花させた。
 もしかしたら、彼女たちほど、自我が強くない明治生まれの女たちは、現代の女性がなんの苦労もなく手にしていることをかくとくするために、数々の可能性をつぶされてきたのかもしれません。沢村貞子・宇野千代などが、いっそう素敵に輝いて見えるのは、押しつぶされて、ひねくれ、愚痴っぽくなった多くの女性たちが陥るところを一気に突き抜ける、まっすぐな心をどんな時でも保ちつづけていた強靭さなのかも知れません。

<緩和治療と安楽死>
長岡@気流堂 2006年01月13日(金)07:05
 
 オランダモデルの中で、オランダは安楽死が法的に認められた最初の国であると書かれていました。
 先日、NHKスペシャルで、癌の緩和治療についてのディスカッションの番組がありました。
 末期癌になった状態で、それ以上の精神的・肉体的な苦痛を回避し安からに死ぬことを、患者自身の意思で選択し、医者がその上で、積極的に医療的な死ぬための措置を行うのが、安楽死補助です。
 一方、緩和治療とは、患者自身の治るという希望を保持しながら、積極的な延命治療を施しながら、痛みを適切な処置によって取り除くというものです。
 オランダで安楽死が認めら得ているのは、この国が個人主義の理念が徹底している社会的な背景があります。もちろん緩和治療もなされた上で、患者自身の死生観により、これ以上の延命を望まない意思を尊重するものだと思います。
 番組の中で,本人・家族が癌の痛みで苦しめられ、また、その状態で亡くなられたということが,涙ながら訴えられていました。
 癌にかかっていない人でも、癌ときくと恐怖するのは、医療の進歩とともに、癌が不治の病でなくなりつつために、癌=死ではなくなりつつのにもかかわらず、癌による痛みでは内科と思います。
 日本の医療の中で、そのような痛みを積極的に除去する医療がいまだ特別な病院でわずかにしか行われていないという事実に、驚かされます。
 日本の医療が、病を、それのかかっている当人から切り離して、あたかも、それが何かのものように捕らえて、それを攻撃し、消滅することとしてとられているように思えてまりません。
 そのよう考えるのは、医療が自然科学であって、対象を客観的に捉えるという考え方であるからだと思います。確かに、そう考えることによって、正確なデーターを収集出来、合理的な治療方法を進めることを可能にします。それが医療の目覚しい進歩の原動力にもなってきたことだと思います。
 難しいことはわかりませんが、緩和治療のための投薬・医療措置が、治療のためにその痛みを除去し、患者の苦痛を緩和することの効果を相殺するほどのマイナスを身体にもたらすのでなければ、それをすることは、ごく当たり前の医療措置であると思うのですが。
 それを阻んでいるのが、病院のシステム、ヒエラルキー、健康保険制度など、医療の構造的な問題であるのならば、至急それを改善するような行政的、業界的な策を作り出すことが必要だと思います。
 番組でコメントしていた患者さん・家族の方が、緩和治療を要請するのならば,治るという治療は諦めて,後は、ホスピスなどの死を前提として受け入れた施設に入るしか選択がなかったことを訴えていました。
 自分自身の生と死についてどのようにとらえるかその人自身の生きてきた上での考え方、文化的な影響など様々あると思いますが、死が免れないものとなった時に、自分自身の死を決断し、それを最善の方法で施行するということを国として認めるオランダと、同じように、免れない死であっても最期まで希望を持ちながら肉体的な苦痛を回避しながら送りたいという日本人のメンタリティからくる生き方の実現が程遠い日本の現状を比べると、個人の尊重という意味の重さの違いを痛感してしまいました。

<オランダモデル>
長岡@気流堂 2006年01月10日(火)10:28
 
 以前から、興味を持っていたオランダ関係の本を数冊読みました。
 何故オランダに関心を持っているかというと、西洋近代の基本的理念である、自由と個人の人権に対して、歴史的に培われてきた徹底的な姿をこの国に見ることが出来るからです。
 バブルが崩壊し、未来に明るい展望が見えない現在の日本で、勝ち組み負け組みの格差が開き、若者を中心に「自分だけ」という個人主義が行き過ぎていくような気配が漂っています。
 オランダは、その個人主義が、骨の瑞まで市民に染みわたった世界であります。その行き過ぎの弊害が、個人主義を脅かす恐れがでてくると、それを守るためにそれの一部も手放すのも辞さないという成熟した大人の社会でもあります。
 歴史的に、「神は人間を作ったかもしれないが、オランダの国はオランダ人が造った」と言われるように、もともとライン川のデルタの低湿地帯であったところを、度重なる洪水にめげず、干拓を進めていき、国土の4分のTは海抜ゼロメートル以下という国土です。風車の風景に代表されるように、T年中冷たい風が吹く、厳しい気候です。
 そして、歴史的には、プロテスタントが多く住むためスペインにカトリック支配され、凄惨な虐殺や激しい戦いを経て独立します。
 その後、力を得た商人を中心として歴史上初めて市民による自治政治を展開します。
 しかしながら、オランダの富に嫉妬するイギリスとの数度にわたる戦争を経て、オランダの国力は衰えていきました。
 70年代北海の天然ガスが発掘されるとにわかにバブル景気となり、元々個人主義が発達した土壌に加えて財政的なゆとりから、手厚い福祉保護政策が進み、権利主張ばかりが強くなり、労働意欲が低下し、80年代に入り不景気になると、高い失業率を示し、景気が停滞し「オランダ病」とまで言われました。
 しかしながら、政・労・使の三者の徹底した話し合いにより、ワークシャアリングが実際され、失業率は低下しました。
 そして、福祉政策・税金控除の厳しい査定を実施、ヨーロッパの中心的な位置を利用した、金融・運輸・情報のインフラを進め、教育においては、数ヶ国語を義務教育で教えて、オランダ独自の路線を進めました。
 元々ピューリタンが多いということもあって、蓄財、質素倹約の精神が行き渡っており、無駄を徹底的に省いたその生活は、他の国からは、ケチだ・洗練されていないなど、嫌がられている面もあります。
 しかし、教育の中で、温暖化に対する危機(低地であるため)から環境問題に積極的に考えるシステムが取られ、発展途上国への支援問題も課題として生徒一人一人が考えるようになっています。
 だから、NPO・NGOは盛んで、国際社会の中で、オランダの発言権は大きい影響を与えています。
また、個人主義が行き割ったっているため、政治・信教の自由を保障する精神で、人種・宗教などによる差別排除は他の国よりも少ないです。
 マリファナなどのドラッグ・売春なども合法で、政府の許可を得て、販売・商売しています。それは人間として亡くならない必要悪ならば、それを排除して地下に潜らせてしまうよりも、表面に出してコントロール可能なようにしようという考えのようです。
 さらに,オランダは安楽死が法律で認められています。自分の命の采配を自分自身が持つという、これも個人主義のなせる技なのでしょう。
 このように、オランダの個人主義と、日本のにわか個人主義を比べると、前者は、個人主義がうまくいかなくなったときに、、徹底的にオープンに話あうシステムが機能しているということです。そして、自分自身が一番大事であるということを、自分にも他人にも前提として社会が成り立ていることを潔く引き受けるという大人の成熟した社会であるということです。
 緩やかで温かい身内意識の社会の中で息づいてきた日本人のメンタリティに、本当の意味で個人主義が根付くだろうかと、日ごろからご都合主義の個人主義を標榜している私自身は、考え込んでしまったのでした。

<お正月。温泉考。>
長岡@気流堂 2006年01月05日(木)10:07
 
 おけまして、おめでとうございます。今年も鍼灸治療を通じて、皆様のご健康に貢献してゆきたいと思います。
 年末年始と、私は実家のある山口県萩市に帰省しておりました。往復は夜行バス。なんと片道12時間、ヨーロッパ行きよりも遠い道のりでしたが、頑強な私は道中ぐっすり眠れて疲れ知らずです。
 その秘訣は、日ごろから鍼灸を始めとする東洋医学実践と、快(怪?)食、快眠、快便の超健康的な生活を送っていることと、今回は温泉の効用をつぶさに実感しました。
 山口県はいたるところに温泉が沸き出でておりまして、実家から車で30分の範囲にいくつもの公営温泉があります。そこで、さすがに長時間のバス旅のため、足がむくんでいましたので、着いたその足で温泉に入ることにしました。それから毎日連続4日間、今日はこの湯、明日はあの湯と温泉巡りをいたしました。
 その結果、からっからに乾燥した気候の東京で、かさかさになった皮膚が、1日でしっとり、かかとのごわごわも治ったのにはびっくり。もちろん足のむくみも温泉から出る時にはすっかり治っていました。
 温泉博士の松田忠徳氏によると、温泉の効能の要因は
1.温水による温熱
2.温泉が含有している鉱物質やガス体による  理学・生物学的作用
3.転地による気候の作用
以上の要因が絡み合って、身体に効果を上げているそうです。
 経験学的に湯治は1週間が1単位だそうです。それは人間の生体リズムは湯治の開始から1週間で回復するそうです。
 忙しい、都会人には、1週間のまとまった湯治など無理だと諦めないで、二泊三日の週末を利用しての湯治でも、3番目のリラックス作用による自律神経への働きかけが期待できるそうです。
 調子が悪いとすぐ薬に頼るというような、からだをだましだましの生活よりも、思い切って温泉の旅に出て、心底リラックスするほうが、からだを整えるうえでも効果が高いように思います。

<いのち輝く日、ダウン症のサラ>
長岡@気流堂 2005年12月20日(火)10:52
 
  ダウン症に関する本を数冊読みました。そのうち、実際に自身の子供がダウン症として生まれた体験記「ダウン症のサラ」と、黒人と白人の夫婦のドキメンタリー、出生前検診でダウン症であるということが判明して後、出産することを決意するまで、出産後の育児の体験をつづったものを興味深く読みました。
 二組の夫婦とも、最初の子供を授かった喜びから、子供がダウン症であるということが判明したとき、絶望の底に突き落とされます。そして、悲しみ、怒りすべてもろもろの感情を体験した後に、子供への愛に目覚めて育児に取り組みます。
 ダウン症は染色体異常が原因で発生し、知能の遅滞、心臓疾患、難聴、運動動作機能の未発達など、様々な障害を伴っています。そして、外見は特徴のある顔望をしているために、明らかにダウン症であることがわかります。
 サラの母親はもともと大学で教育心理学を研究していたこともあって、ダウン症に関する様々な論文を読んで、健常の子供の発達のプログラムに沿い、しかしながら、その習得の早さはダウン症のサラに合わせて、早期教育プログラムを実践していきます。
 それは、根気のいる大変な訓練ですが、あきらめず続けた結果、目覚しい成果をあげ、サラは高校を卒業し、同じ障害をもつ仲間と共同生活をし、仕事につき自活できるまでになrました。
 後者場合、サラよりも30年後の現代、医学の進歩によって、遺伝子診断が可能であるため、出生前にダウン症であることが判明するため、両親は、子供を産むか中絶するかの選択を迫られることになりました。
 共に、高い教育を受けたエリートでありながら、黒人の夫と白人の妻という夫婦は,結婚に際しても人種問題の難しい壁に二人して取り組んできました。その上、生まれてくる子供がダウン症であるということが判明したとき、中絶、里子に出すこと、次に生まれてくる子供への負担などとことんまで話合い、彼らの身内や専門のカウンセラーにも相談し、生むという決意をします。
 そうした後には、彼らは友人、職場の皆にもそれを告げて、理解を求めます。
 実際にナーヤが生まれたのですが、彼女は重い心臓の疾患があり、黄疸に苦しめられ、生命の危険に曝されつづけて、夫婦はナーヤの命が助かることを祈りつづける過程で、娘の命のかけがえのなさに目覚めていきます。
 そして、無事心臓手術が終わり、徐々に健康になっていくと、ナーヤを育てることの大変さはあるものの、彼女の存在がどんなに彼らに喜びをもたらすかを育児を通じて知るようになります。
 そして、弟を出産したのですが、その際、出生前検査は拒否しました。そのわけは、ナーヤを育てる過程で夫婦で乗り越えてきた自信が、どんな子供であっても歓迎するという強さが培われてきたからでしょう。

 

 

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